« F1第2戦マレーシアGP予選1回目 | トップページ | 連休雑感 »

地下鉄サリン事件から10年

オウム真理教(現アーレフ)の凶行により12人が死亡し、5000人以上が被害を受けた地下鉄サリン事件。ニュースサイトはもちろん、テレビや新聞でも多くのメディアがこの節目を迎えていろいろと論じている。
あれから10年が経った。

実はあのとき、僕は東京にいた。
当時の僕は長距離トラックの運転手をしていて、東京をはじめとする関東圏へ毎週きていたのだ。あの日もいつものように東京行きの定期便で朝一番に荷物を卸して、帰りの荷物を積むために都内を移動していた。すると運転しながら聞いていたラジオから、普段とは違う緊迫感のあるニュースが続々と流されはじめた。

「都内の地下鉄でガス爆発があったらしい」
「脱線事故で死傷者多数」
「自衛隊が出動」

当時のラジオ局も混乱していたのかもしれない。情報が錯綜しまくっていて要点が絞れなかった。

そんなラジオを聴きながらも都内を移動していくと、辻々で救急車やパトカー、見慣れない特殊車両があふれんばかりにあり、そのまわりではたくさんの人が走りまわっていた。一部では交通整理もされていて、迂回しなければならないこともあった。
その時は「なんかゴッツイこと起こっとるなあ」という位の感慨しかなく、とにかく次の目的地に行くことを優先させていたのだが、地元の関西に帰ってからテレビや新聞の報道を見て慄然としたことを覚えている。

あの後、続出したオウム関連のニュースでは地上で車からサリンを撒くプランもあったというから、もしそれが実現されて自分がその場にいたとしたら、と思うとゾッとした。サリン事件のあと、オウムの本拠地である上九一色村に強制捜査が入り、麻原が逮捕されたが、裁判は遅々として進んでいない。
最近のニュースでは、被害者補償に焦点が当てられている。昨今の犯罪被害者問題のこともあるし、これから法整備も進めていかなければならないだろう。

地下鉄サリン事件から10年・被害者支援などなお課題山積
(日経新聞)

地下鉄サリンから10年 国は被害者補償を 東京でシンポ、無策ぶり批判
(日刊県民福井)

[地下鉄サリン]「テロへの備えを迫り続けた10年」
(読売新聞)

思えば、テロという言葉が日本人の中に強烈なインパクトをもって植え込まれたのがこの地下鉄サリン事件だったんだろう。あれから日本ではサリン事件ほどの大規模なテロというものは発生していないが、世界に目を転じればアメリカの911を始めテロの惨禍は後を絶たない。
ただ単に「テロってこわいねー」と対岸の火事のようにのほほんとしてられない日が突然くるかもしれない。だからといって怪しい奴はどこだとばかりに魔女狩りするのも空しい。じゃあどうするんだよと問いかけても、明確な答えを返してくれる人はいない。こんな時こそ神様の出番だと思うのだけどさっぱり現れない。

まあ「神の名のもとに」なんて言って戦争やってるうちは無理なんだろうね。

|

« F1第2戦マレーシアGP予選1回目 | トップページ | 連休雑感 »

「ニュース」カテゴリの記事

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15430/3364499

この記事へのトラックバック一覧です: 地下鉄サリン事件から10年:

» 地下鉄サリンの日 [ぷらり途中下車の日々]
んでまぁ、自分の誕生日が地下鉄サリンの日でもあることは、まことに悲しい限りなんだ [続きを読む]

受信: 2005.03.21 18:06

» 地下鉄サリン事件と私の…
遠かった関係、近かった関係、そして今の関係
[Art Grey]
地下鉄サリン事件から10年、そのドキュメント番組を観て思ったこと…なぞ少々♪ [続きを読む]

受信: 2005.03.21 21:09

« F1第2戦マレーシアGP予選1回目 | トップページ | 連休雑感 »